このブログシリーズのPart 1とPart 2では、私がこれまで高磁場NMR分光計で行ってきた測定のうち、X-Pulseのような卓上型NMR分光計で可能だった(または不可能だった)測定について説明しました。これには構造解析だけでなく、反応のモニタリングや温度可変測定、拡散係数の測定なども含まれます。
この最後のパート (Part3) では、さまざまな磁場強度で得られたNMRスペクトルの間に見られる大小の違いについて見ていきます。
NMRスペクトルに及ぼす磁場強度の影響
さまざまな分光計で得られたNMRスペクトルを比較する場合、観測されるスペクトルの基本的な違いを理解することが重要であり、その違いは磁場強度の変化により生じます。
NMRスペクトルは、NMR分光計の1Hラーモア周波数(X-Pulseでは60 MHz、入門レベルの高磁場システムでは300 MHz、現在市販されている最高磁場のマグネットでは1.2 GHz)に対して、観測された周波数をppm(parts per million, 百万分率)単位で表した化学シフトのスケール上にプロットされます。しかし、各シグナル(複数のピークから構成されることもある)は、周波数スケール上では幅が一定となります。例えば、適度なピーク幅でJカップリング約7 Hzのシンプルなトリプレットは、全幅が約15~20 Hzとなります。60 MHzの卓上型では、これは約0.3 ppmのシグナル幅に相当し、600 MHzの高磁場では約0.03 ppmとなります。したがって、低い周波数では、各シグナルの重なりの度合いが大きくなる可能性があり、異なる磁場強度でシミュレートしたキニーネ (Quinine) の一連のスペクトルに見られるように、高磁場ではシグナルの重なりが低減することがわかります(低磁場ではすべての情報が残っていますが)。
キニーネ (Quinine) の1Hスペクトル、磁場強度による比較(化学シフト / ppmスケール)
これと比較して、キニーネのスペクトルを周波数スケール上にプロットすると、各シグナルが周波数に関係なく同じ幅を持ち、磁場強度が減少するにつれてスペクトル全体が圧縮されるようすがわかります。
キニーネの1Hスペクトル、磁場強度による比較(周波数 / Hzスケール)
さらに、磁場強度を上げると感度が向上します。入門レベルの300 MHz高磁場NMR分光計では、X-Pulseのような卓上型システムの約11倍の感度が得られます(他の条件はすべて同じ)。したがって、16スキャンの1H NMRスペクトルでX-Pulseの検出限界は約1 mmol/ℓですが、300 MHzのNMR分光計で同じ実験を行うと、約100 µmol/ℓが検出されます(X-Pulseでは1600スキャンの実験で検出可能ですが、10倍の感度を得るには100倍のスキャン(測定時間)が必要)。
まとめ
X-Pulse 広帯域卓上型NMR分光計を使い始めて以来、これまで高磁場システムで行っていたNMR分光測定のかなりの部分がX-Pulseで行えたかもしれないことが分かりました。しかし、研究室で日常的に卓上型のシステムにアクセスできるという利便性があれば、共同利用の高磁場システムで行うには不便な測定をより多く行うことができ、より生産性が向上したことと思われます。